『悼む人』のように、忘れない

小説

主人公の「悼む人」静人は、死者が生前どんな人物であったかを心に刻む。その人は誰に愛され、誰を愛し、どんなことをして人に感謝されたことがあったのか。老若男女、善人悪人を問わず、どんな人でも誰かに愛され、誰かを愛し、誰かに感謝されたことがあったはず、と。

虐待の末に命を落とした赤ちゃんは、近所の子どもたちに愛されていた。身元不明で世間から忘れ去られかけていた殺人事件の被害者にも、かつて愛し愛された夫と娘がいた。今もどこかで誰かが亡くなっていて、その一人ひとりに、愛と感謝の物語があるーー。

家族、友人、恋人、恩師、一期一会の出会いーー私も50余年の人生で数え切れない人との交流があり、何かを受け取り、何かを渡してきた。受け取り渡してきたのは、良いものばかりではない。でも静人が誰かを悼むときのように愛と感謝に意識を向けると、たくさんの良いものを受け取って今の自分があることに気づく。しぜんと謙虚な気持ちに包まれる。

この本を読んでいるあいだずっと、音信不通になっている友人のことを思い出していた。悪い想像ばかりして、真実を知るのが怖かった。でもこの本を読み終えたら、どうにかして彼女の行方を確認しよう、生きていても亡くなっていても彼女に会いに行こう、と決心した。

彼女はくも膜下出血で倒れていた。でも、生きていた。

もう2年も入院しているとのことだった。すぐにでも会いに行きたかったけれど、意識がはっきりしないので面会は家族だけにしている、と丁重に断られた。ごめん、ごめんね… もしかしたら亡くなってるんじゃないかなんて。ずっと気づかなくて、本当にごめんなさい…

笑顔、冗談、優しい言葉、手作りのお菓子と小物、絵本。シングルマザーで子どもたちに愛情を注ぐだけでも手一杯だったはずなのに、彼女は私にまでたくさんの愛を分けてくれた。静人のように、彼女の存在を胸に刻んで忘れない。必ず回復する、再会できる。

この本を読まなかったら、きっと今も彼女の消息を知らなかった。

書名悼む人
著者天童 荒太
出版社文藝春秋
出版年月2008年11月
ページ数464ページ