ある日、1台のタクシーが目の前に止まり、運転手からこう告げられる。あなたの運を転ずるのが自分の仕事。だからあなたが行きたいところではなく、あなたの人生の転機となる場所に連れて行く、と。
よくある自己啓発風フィクションかなと、はじめはちょっと斜に構えて読んでいた。それが気づけば、本が付箋だらけになっていた。
本書に書かれているのは、ほとんどの人が分かっているようで分かっていないこと、あるいは分かっていてもできていないこと。Amazonのレビュー17,232件、星4.6(2025年10月15日現在)という高評価からも、多くの人が本書からポジティブな何かを受け取ったことが分かる。私自身たくさんの気づきがあった。
まず、「運」のつかまえ方。
運が劇的に変わるとき、そんな場、というのが人生にはあるんですよ。それを捕まえられるアンテナがすべての人にあると思ってください。そのアンテナの感度は、上機嫌のときに最大になるんです
上機嫌…。あるとき、子どもに言われてドキッとしたのを思い出す。「ママ、笑ってない」。たしかにいつもイライラ、プンプン、ウツウツして<不機嫌>が基本姿勢になっていたなと思う。そのせいで多くのチャンスが私の横を素通りしていたのかもしれない。
「上機嫌でいるというのは、楽しいことを期待するのではなく、起こることを楽しむと決めるということ」という発想も、私には新しかった。(何が起こるかわからないけど、とりあえず起こることを楽しもう!)と考えると、たしかに現在に意識が向いてちょっとワクワクする。
次に、「運は貯めるもの」という考え方。
運は<いい>か<悪い>で表現するものじゃないんですよ。<使う><貯める>で表現するものなんです
運はポイントカードのようなものだと運転者は言う。「いつも上機嫌でいる」、「ひたむきに努力する姿勢を見せる」、あるいはもっと直接的に「誰かの幸せのために時間を使う」といった行動が周囲に幸せをもたらし、自分の「運」として貯まっていく。頑張っても報われないときほど運が貯まっていて、何十年後に(時に自分の一生では間に合わず次の世代に)かならず幸運として返ってくるときがくるのだと。
そして、「プラス思考」について。
自分に都合のいいことをイメージしていれば、それが起こるなんて、プラス思考じゃないですよ。本当のプラス思考というのは、自分の人生でどんなことが起こっても、それが自分の人生においてどうしても必要だから起こった大切な経験だと思えるってことでしょう
自分の人生にとって何がプラスで何がマイナスかなんて、その時には分からない。でもどんな出来事も自分にとってプラスになると捉える前向きさ、プラスにしてみせるという強さが、本当のプラス思考なんじゃないかと、運転者は言う。
過去から未来へ、延々と続く命の営みの物語。そこに自分が登場し、自分なりの役回りを全うして、少しでもプラスの恩恵を残して去っていく。それこそが真のプラス思考だなんて、泣けてくる。
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つい先日、大腸内視鏡検査で小さな腫瘍が見つかった。先生からそう告げられたときは他人事のようで、感情が揺さぶられることもなかった。でもすぐに情報の海に飲まれて、上機嫌でなんかいられなくなった。これから起こることを楽しもう!なんてとても思えそうにないけど、これは自分の人生に必要だから起こったことなんじゃないかとは思える。
運がポイント制なら、すれ違った人に微笑んで挨拶するとか、運転中に道を譲るとか、冗談を言って同僚を笑わせるとか、次女の推し活を一緒に楽しむとか、長女の愚痴に最後までつき合うとか、夫の好きな料理を作るとか、打算的かもしれないけれど、なんでもしよう。
そして、たとえ貯めた運を使うチャンスが死ぬまでに巡ってこなかったとしても、私が貯めた運がまわりの人たちの幸せになって、穏やかな波のように広がってくれたらいいなーーそんなことを思った。
書名 | 運転者 |
著者 | 喜多川 泰 |
出版社 | ディスカヴァー・トゥエンティワン |
出版年月 | 2019年3月 |
ページ数 | 239ページ |